“86”(エイティーシックス)は英語の業界スラングで「排除する/メニューから外す/追い出す」を意味する動詞。アメリカのレストラン・バー業界では今でも現役で日常的に飛び交う言葉で、最近は一般語彙にも浸透してきとる。
- “86” は数字だけど、動詞として使う──”to 86 something” / “86’d”
- レストラン用語──「材料切れでメニューから外す」
- バー用語──「酔っ払い客を店から追い出す」
- 一般用法──「廃止する/排除する/処分する」
過去形 “86’d”(エイティーシックスト)の方の解説は別記事「86’d の意味」を参照。本記事は動詞・現在形 “to 86” の本体用法・由来・業界背景を整理する。
“86” の基本的な意味と使い方
動詞 “to 86″(エイティーシックス)の意味は 「排除する/削除する/撤去する/追い出す/棚から下ろす」。主にレストラン・バー業界で使われ始めたプロ用語が、20世紀半ば以降に一般語彙に流出した。
- 86 the burger, we’re out of beef.(バーガー外して、ビーフ切れ)
- The bartender 86’d him for being too drunk.(酔いすぎたあいつをバーテンが追い出した)
- We need to 86 this idea, it’s not working.(このアイデアは廃案、機能してない)
- 86 that plan and start over.(あの計画は捨てて最初からやり直し)
動詞活用は普通の英語動詞と同じ。“86 / 86’s / 86’d / 86ing”。「’d」「’s」のアポストロフィ表記は、数字を動詞化した英語特有の書き方(”OK’d” や “K.O.’d” と同型)。
由来説①:レストラン業界の符牒数字説(最有力)
最も信頼性が高い説。1930〜40年代のアメリカ・ダイナー文化で使われとった「数字コード」体系の中の1つ。当時のレストランは厨房と接客の間でお客に聞こえないように暗号でやり取りする習慣があった。
- 86 = 「品切れ/メニューから外す/このお客に出すな」
- 87 = 「テーブルが空いた」
- 98 = 「マネージャー呼んで」
- 99 = 「ヘッドマネージャー呼んで」
これらの符牒コードは「Diner lingo」(ダイナー業界用語)として体系化されとった。中でも “86” だけが業界外に流出して、一般語として定着したのは、汎用性が高くて使い勝手がよかったから。
1944年の Walter Winchell(ウォルター・ウィンチェル)のコラムに “86” が「絶版/品切れ」の意味で記録されとるのが、OED(Oxford English Dictionary)の最古の用例の一つ。
由来説②:Chumley’s bar 86 Bedford Street 説
もう一つの有名な説。ニューヨークのグリニッジ・ヴィレッジにある伝説の酒場 “Chumley’s”(チャムリーズ)の住所が “86 Bedford Street”。1928年から営業しとるスピークイージー(禁酒法時代の隠れバー)で、警察の手入れが入る時に、バーの店主 Leland Chumley が客に 「86!(裏口から逃げろ!)」 と叫んで逃がしたという伝承。
- 店の住所 86 Bedford Street → 「86」が「ここから出ろ」の合図に
- 客はバーの裏口から Pamela Court に逃げて、警察が表から入ってきても何もない状態
- これが「酔客を追い出す」「店から排除する」の “86” の意味に転じた、という説
ロマンチックでよくできた話やけど、言語学者の間では立証されとらん「伝承レベル」の説。Chumley’s 自体は実在して今でもニューヨーク観光名所として人気やけど、語源としては符牒数字説の方が学術的根拠が強い。
由来説③:その他のマイナー説
- “nix”(拒否する、ナイ)の rhyming slang 説──”86″ と “nix” を韻踏みでかけた符牒
- 海軍説──軍艦の積み下ろし用の8’×6’(フィート)の棺桶サイズが由来とする話。証拠なし
- カリフォルニア刑務所説──86番目の独房が出口で、囚人がここを通って出た、というローカル伝承。確証なし
どれもおもろい話やけど、言語学的な実証は得られとらん。レストラン業界の符牒数字説が一番素直で確実、というのが現在の学術界のコンセンサス。
業界での “86” の具体的シーン
飲食業界では今も 厨房ホワイトボードに「86 SALMON」みたいに書く文化が現役。サーモンが切れた、お客に出せん、っていうサインを全スタッフに一発で伝える効率重視の業務符牒。
- 厨房ボード: “86 BURGER”, “86 FRIES” → 売り切れ表示
- サーバー間連絡: “We’re 86ing the soup of the day.” → 本日のスープ終了
- バー文脈: “Bouncer 86’d that guy for fighting.” → 警備員が喧嘩したやつを追い出した
- マネージャー指示: “86 anyone without ID.” → 身分証ないやつは全員入店拒否
現代英語での一般的拡張用法
業界用語だった “86” は、20世紀後半から 「廃止する/取りやめる/除外する」っていう一般動詞として広く使われるようになった。ビジネス・政治・日常会話まで射程が広がった。
- The company decided to 86 the project.(会社はプロジェクトを廃案にした)
- Let’s 86 this idea and brainstorm again.(このアイデア捨ててブレストやり直そう)
- The new president 86’d the previous policy.(新大統領が前政権の政策を廃止)
- I’m 86ing dairy from my diet.(食事から乳製品外すわ)
“86” vs “86’d” の使い分け
- “86”(現在形 / 命令形)── 「外せ」「外す」という能動的な指示・宣言
- “86’d”(過去形 / 受動態)── 「外された」「追い出された」という結果状態
業界で頻出するのは現在形の “86” や命令形 “86 the burger!”。一般会話・SNSで頻出するのは受動態の “I got 86’d from the bar”(バーから追い出された) パターン。詳しくは別記事「86’d」を参照。
使う時の注意点
- 業界外でも今は普通に通じる──ビジネス英語でも “86 the proposal” は通じる
- フォーマル文書では避ける──カジュアル業界スラング由来なので、契約書・公式文書では “eliminate” や “discontinue” を使う
- 数字の発音は “eighty-six”──書き方は数字、発音は完全に英単語
- “86 someone” は人を排除する意味──人を主語にする時は強めの拒絶ニュアンス。失礼に取られる場面あり
類似の「排除・廃止」系英語
- kill(殺す → 計画を潰す)── “kill the project”
- scrap(廃棄する)── “scrap the plan”
- nix(却下する)── “nix the idea”
- ax / axe(斧で切る → 削減する)── “ax the budget”
- cut(切る)── “cut the program”
- can(缶 → 廃案にする)── “can the project”
これらの中でも “86” は「業界由来のクール感」が出るスラング。レストラン・バー文化・ニューヨーク文化への教養を匂わせる選択肢。”kill” や “scrap” よりちょいオシャレ。
まとめ:レストラン符牒から世界共通動詞へ
“86” は1930〜40年代アメリカのダイナー業界の符牒数字が、80年代以降に一般英語に流出した稀有な業界用語の出世例。元々は「品切れ」「お客排除」だった意味が、今は 「廃止する/排除する/処分する」 の汎用動詞として定着した。
由来説は ①レストラン符牒数字説(最有力)②ニューヨーク Chumley’s bar 説(伝承)③その他(実証なし)。語源マニアならどれも面白いけど、実用上は「業界スラングが一般語化した」と覚えとけば十分。
数字を動詞として使う英語表現の代表例として、“86 / 86’d / 86ing” のパターンを覚えとくと、英語のクリエイティブな造語感覚も身につく。”OK’d”、”X’d out”、”K.O.’d” などと同じ系統の「数字・略号を動詞化する」英語的発想。



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